「しおりん」舞台裏制作話①

 


注1)→こちらは「ひきポス」さんに掲載されている、「ぼっち系Vチューバー『しおりん』」のネタを含みます。
  ネタバレとなる可能性がありますので、本編を未読の方は以下のリンクからお読みになってから当記事の閲覧を推奨致します。
(2024年9月26日現在、2回目までの配信となっております)

注2)→作品の内容に対してのコメントは、当記事ではコメントされてもスルー致します。
  感想などはX(旧Twitter)の「かっしー」宛てにお願い致します。

 

ひきこもり歳時記【2022/06~7】

 【2022/06~7】


2022/06/01


2022/06/07

否定したがる人。

 

私が一番付き合いたくないのは、人がこれから「さぁ、やろう!」と思っている事に対して、すぐに「あー、ダメダメ」「自分には合わない」と否定したがる人。

「上手くいかないよ」ならまだ分かりますが「自分には合わない」なら、放っておいてくれれば良いのに・・・と思います。その人に「一緒にやろうよ」と声を掛けたことならともかく、誘ってもいないのに「自分はダメだ」と言う人は、失礼ながら「何を勘違いされているのだろうか❓」と不思議でなりません。

「やる気」の芽を摘む行為

ひきこもりの人が「何かやろう」という気が起きるまでに、どれだけのプロセスがあるか計り知れません。それを「ダメ」という一言で潰してしまうのは、すごく残念な行為であり、本人にとっては「ああ、私はやっぱり何をやってもダメな人間なんだ・・」と落ち込んでしまいかねません。

ずっと否定され続けたからひきこもったのであって。
そこを少しずつ回復して来たのに、また否定されたらもう「人格すら否定されている」「自分という存在を否定されている」という気にすらなってしまいます。

そしてこれは残念ながら、ひきこもり当事者同士でもよくある光景です。
私も否定されたことが何度もありますし、当事者会でそういった光景を何度も目にして来ました。

応援する気持ち

大事なのは「やる気に至るまでの努力を称えること」です。
本人がやろうとしている事はともかく、まずは「よくやる気になったね」と認めること。そしてそこに至るまでの経緯を応援してあげる気持ちだと思います。

同じ否定の意味であっても「やる気になったんだ、すごいじゃん‼私は協力出来ないけど、応援はするよ」と言われたら、そんなに嫌な気持ちにはなりませんよね❓

やろうとしていることが失敗するだろうと分かっていても、失敗も経験です。まず大事なのは「やろうという気になったこと」なのです。

アドバイス?否定?

「あなたがやろうとしている事はダメだ」というのは、本人はアドバイスのつもりかもしれませんが、受け取る側は「否定」ととらえるだろうと思われます。

これをアドバイスに変えるなら、どこを改善すれば良いかということを分かりやすく伝えなければなりません。

たとえば「それは面白そう。だけどここをこうしたら、もっと良くなると思わない❓」と言われたら、きっと受け取る側も納得しやすいはず。

またアドバイスは相手に可能かどうかも考えてあげなければなりません。相手にない能力でのやり方を振るのは、「お前には無理だろうけど」と相手を嘲っていることと同じだからです。

否定されても、やり続ける覚悟

一番手っ取り早いのは、本人が否定されても絶対にやり続けるメンタルの強さを持つことです。・・・難しいですが😅

たとえば私もYouTube配信をすると決めた時、色んな人に反対されました。配信を始めた後も否定され続けています。
「面白くないから止めろ」も未だに来ます。

私はそれに対して

  • 私は自分の配信が面白いと思ってる
  • あなたは私以上に面白いことがやれるのか❓
  • 今すぐそれ、やってみて
  • 今すぐ出来ないことは、永遠に出来ない
  • 私より面白い配信が出来るようになったらまた来て
  • 面白くないなら、配信見なきゃいいじゃない❓
  • それでリスナー0になったって、私は構わない(最初に戻る)
  • それはあなたの感想ですよね❓

などなど、言われたら3倍くらい返せる言葉を常に用意しています😅

まぁ正直、それくらいの語彙力とアドリブ力がないと、「しゃべり」がメインの配信者なんて無理ですけどねw一般公開にしていたら、嫌でもアンチコメントなんて飛んで来ますから。

余裕がある人は、他人のことは気にしない。

精神的に余裕がある人は、他人が何しようが全く気にしません。下手をしたら興味も持たないかもしれません。

色々言って来るのは、単にマウントを取りたいだけだったり、自分が満たされていない八つ当たりだったり、実は本人とは全く関係のない原因だったりします。

成功させたいなら素直に応援すれば良いし、「どうせ失敗するさ」と思っても「他人事だし、あいつが失敗しても構わない」と思うなら黙って見過ごしておけば良いだけです。

そして何かをやろうとしている人も、文句を言わせない方法を考えれば良いと思います。




若年層の悩みに触れてみた。


私はひきこもり当事者としての活動の他、YouTubeのサブチャンネルでゲーム実況をやっている自称「ひきこもり系ライバー」です。
ゲームジャンルは主にホラーゲーム。略してホラゲ。昔からお化け屋敷にトラウマがあり、怖い物は全て苦手でした。なのに前回「OMORI」というゲームをやってから、何故かホラーゲーム好きになってしまったのです。

先日、私は「OMORI」が終わって次のホラーゲーム「Ib(イヴ)」というゲームを実況配信していました。するとチャットコメントに「初見です」という文字が。過疎配信者の私はすぐさま喜んで「こんばんは、いらっしゃい🎵」「よろしくお願いしまーす」と音声で返しました。

そう、単に動画を視聴するだけでなく、こうして「双方向」である程度のやり取りもしていくのが私の好きな配信スタイル。自分がしゃべるだけでも、サクサクとゲームを進められて面白いのかもしれませんが、こうしてチャットの会話を拾っていく事で喜んでくれるリスナーも居るため、私はこのスタイルが気に入っています。

その日はお2人ほど初見さんが来られたのですが、最初の方は20代の男性だそう。最初はゲームの内容について話していましたが、ふとした事から「彼女が出来ない」という悩み相談に変わっていきました。そこで私は「私みたいなひきこもりが言うのもなんだけど、まず彼女欲しいなら、ひきこもってちゃダメだよね」と語っていました。

そしてしばらくして2人目の初見さんが来られ、その方は詳しい年代は聞きませんでしたが、察するに10~20代かと思われます。
この方も最初はゲームの内容についてチャットされていたのですが、ふとしたことから「LGBTQについてどう思うか❓」と聞かれ、そちらの方の話題に。

そしてその後もその方との会話は色々続き、まとめると

  • 友達と2人でVチューバーになりたい
  • 絵は自分たちで描く予定
  • 自分も絵は描くけど、友達の方が上手
  • でも友達に頼むと「自分で描け」と断られた
  • ゲーム配信者になるのを諦めようかと思っている
  • かっしーは男❓女❓

と、一部人生相談のような流れに。

ネットでつながる友情(?)

最後、そのVチューバーになりたい方は「人生相談みたいになっちゃってごめんなさい🙇」と謝って来ましたが、私は「別にいいよ^^私も普段、ひきこもりの人たちと関わって、人の話を聞くことには慣れているから」という風な返事をしました。

そして何となく察しました。
この子は友達と今、例のアバター絵の件で揉めていて、友達に相談が出来ない状況なのだ。そしておそらく「Vチューバーになって、ゲーム実況をしたい」など、親に言っても反対されるのが目に見えているという感じなのだろうな、と。

だから見ず知らずの私に、ネット越しに相談をし、さらにその子がやりたいと言う「ゲーム配信者」であるがゆえに、色々聞いてみたくなったのでしょう。

その子は(私はただのリップサービスだと思っていますが😅)「また来ます」「絶対来ます‼」と言い、そこで配信は終了しました。リップサービスでも、そこまで気に入って頂けるのは嬉しいもの。「いや、定期配信もしてないし、チャンネル登録もしてないんだから、絶対来ないだろう」と思いながら、珍しく押された「👍 3」という数字を見て、このうちの1つがあの子なら、きっと「おススメ動画」に私のゲーム実況が上がり、そこからまた遊びに来てくれるかもしれない、と期待する自分もそこに居ました。

ひきこもりと、似ている・・・

「彼女がいない」と言ったTさん、そして「また来る」と言ったMさん・・・このお2人の悩みを聞いていて、2人共「ひきこもり」というワードはなかったものの、このお2人の悩みはひきこもりの方々にも通じるものがあるな、と思いました。

周りの人が理解してくれないから、ネットの先の見知らぬ「かっしー」という謎の存在に相談する・・・しかも否定もしない、むしろ「Vチューバー、いいね🎵どんなキャラにするの❓」「ボクっ娘か~、可愛い子好き♥」「有名になっても『かっしー』を忘れないでね💧」と本気で応援する。彼らはそういう存在が欲しいだけなのです。

ただ否定せずに聞いてくれる人がいる。たったそれだけのことがどれだけ嬉しいか、私は知っています。だからそれを他人にも返したい、常々そう願っています。それは、こうして思わぬ形で叶うこともあるのですね。

何気なく、ただ「面白そう」で始めたゲーム実況ですし、過疎配信者ではありますが、とりあえず「やっていて良かった」と実感しました。
いえ、逆に過疎でコメントが少ないからこそ、1人1人にきちんと向き合えるのかもしれません。過疎配信、万歳w

◇◆◇

余談ですが、「また来ます」と言ったMさんには「ユーチューバーって儲かるんですか❓」とも聞かれました。
それに対して私は「収益化したことないから良く知らないけど、手数料で投げ銭の半額くらいは引かれるらしいね」「てかおい、私過疎配信者やぞ💧私も収益化出来るユーチューバーになりたいわ‼」といじってますw

そんなイジリOKの方は↓どうぞ^^;
 ※華声ですw

線引きは誰がするのか

@Cassyie.

先日NHKさんの「みんなでひきこもりラジオ」を聞いていて、少し思ったことがあります。
冒頭で概要としてはこんなご指摘のメッセージがあったと思います。

  • DJ(MCのことだと思います)のあなたはひきこもっていない
  • なのにこんな番組のDJをしているのはどうなのか?
  • もっと本を読んだりして、勉強した方が良い
私よりもご年配の方でしたし、番組へのご指摘なので私があれこれ言う権利はないことは100も承知なのですが、冒頭からあまり良い気分ではありませんでした。

おそらくその方も色んな苦労をされて、あるいは親切心でのご指摘だったのかもしれません。ですが「ひきこもり経験がないから、ひきこもりについて語る番組をやる資格がない」というのはどうなのだろう?と思いました。

経験がないからこそ、ひきこもりの方の気持ちに寄り添うべく、番組を通じて勉強していくことは良いことなのでは?

また、ひきこもり経験があってもなくても、苦しいことは皆さんそれなりにあるのでは?

何より家にこもっていなくても、たとえば学校や職場・家庭で孤立していて「こころのひきこもり」状態になっているけれど、それに気付かなかったりしている場合もあると思います。そこは本人が認めたくない場合でも、心の中で「この人もこの人なりに、色んな苦労があるんだろうな」と想像して察することが肝要かと思われます。

「ひきこもり」って誰が決めるの?

そもそも論ですが、ひきこもりは病気や症状名ではなく「状態」を示すものです。個人的には先述した通り「こころのひきこもり」状態もありますので、厚労省のガイドラインに関わらず「自分はひきこもりなのでは?」と思ったら、それがひきこもりだと言っても良いと思います。

私はネットを通じて色々発言しているせいなのかどうか分かりませんが、よく色んな方に「あなたはひきこもりではない」と言われます。そしてそのたびに「何故私のことをよく知らないあなたが決めるの?」と違和感を覚えます。
確かにご近所付き合いも出来ているし、ネット上に話せる人も居る。在宅とは言えども働いて収入もそれなりにあります。けれど私は未だに(HSS型)HSPのおかげで長時間外に出て働くことは出来ないし、1人で電車も怖くて乗れない。過去の傷も完全に癒えたとは言えません。
そういった背景を全て知って言うのなら問題ありません。
ですが実質、自分の経験や状態を一番知っているのは自分自身しか居ないと思います。

つまり、ひきこもりかどうかを決めるのは当人のみということになります。

ひきこもっていなかったら楽なのか?

私は逆だと思っています。
ひきこもりでも家族と同居しており、家族の理解が得られない場合は辛いでしょう。その状態は私も過去に経験しておりますので、十分理解出来ます。
ですが、それでもひきこもりにはある程度のテリトリーの確保が出来ていると思います。つまり1人になれる空間が狭くてもあり、短時間でも作れる。

ひきこもっていない人はどうなのでしょう?
私は社会人になり、それなりの労働経験を重ねてから職場の人間関係がきっかけでひきこもりになりました。私はたまたま運よく(?)ひきこもれる環境があったから、ひきこもれたのです。
でもそういった環境にない人は、ずっとストレスの場に居続けなければなりません。そういった方が最終的に追い詰められ、自死という選択肢しかない状態になるのではないでしょうか。

「苦しさ」に上下はない。

よくオンラインのひきこもり関係の場で「あなたはまだマシだ」「私はもっと辛い」と言い出す人が居ます。いわゆる「不幸自慢」です。

言いたくなる気持ちは分かります。「あなたに私の苦労が分かってたまるか」「私だってもっと辛いのに」下手をすると私も世の中の不幸を全て自分が負っているかのような気持ちになったことも何度もあります。

ですがその言葉は、きっと皆さんも思っているはず。

私に「あなたは全然苦労していないではないか」という方に逆に私から問いかけたくなります。

あなたは私の人生、どこからどこまで知っていますか?
私が死を覚悟した瞬間が何百回あったか知っていますか?
私の家族が身内だけの場だと、どんなことを私にして来たか知っていますか?

そして「あなたは全然苦労していない」「あなたはひきこもりではない」と言われた時、私がどれだけ傷ついているか分かりますか?

感情の線引き

相手の気持ちを察するのが難しい特性をお持ちの方がいるのは分かります。ですがそれを自覚しているのなら、まず「あなたはまだマシ」と言う前に「あなたが苦しいのは分かった。次は私の苦労している話をさせてもらっても良いですか?」と聞きましょう。

苦労や不幸は比較するものではありません。
他人の苦労話は他人の話、自分の苦労話は自分の話。ここは上手く線引きするのがベストかと思われます。
こうすると誰も嫌な気持ちにはなりませんよね。
(今はネガティブな話を聞きたくない!という方は別ですが^^;)

こういったことを積み重ねていくと、他人の感情に引っ張られることがなくなって来ます。他人の苦労話を聞いても「あぁ、この人も大変な思いをしたんだな」と余裕を持って聞けますし、不安なことを自分のものにしてしまうこともなくなります。

自然災害が起き、ずっとそのニュースばかり繰り返されていると、被害を受けていないのに気持ちが沈んで何も出来なくなることがあります。私もそんな時がありますが、そういう時は「でも私には関係ない」と思うことにしています。
ものすごく薄情で冷たい人間に思われるかもしれませんが、でも私が落ち込んでいて被災地の方が救われる訳でもないなら、それくらい割り切った方がましだと個人的に思います。
それでもマイナス感情が拭えない場合は、そういった情報から離れることをお勧めします。

「押し付け」は境界侵略

さて、冒頭のご意見ですが・・・「私ならどんな風に意見をしたか」と考えてみますと、たとえば「ひきこもり経験のないMC」に関しては「ひきこもり経験がないのに、どうしてこのような番組のMCを引き受けようと思ったのですか?」と、まず相手に聞くと思います。

「本を読んで勉強した方が良い」ということは、件の先輩はそういった本を読んで勉強されたのでしょう。ならばMCの経験とは別に「私はこんな本を読んで知見を広められたので、皆さんにもお勧めしたいです」という風に書いたでしょう。
「本を読め」と言葉でいうのは簡単ですが、私がガチでひきこもっていた期間はとてもではありませんが、本どころか文字を見るのも吐き気がしていましたので、いくら親切心でもそういった「押し付け」は出来ませんし、すべきではないでしょう。

自分にとっては良い物でも、相手によってはそうではない場合もあります。
自分には楽しいことでも、相手には不快になることもあります。

解決方法も勉強方法も、生き方も千差万別。自分のアドバイスや親切心ですら、相手には「選ぶ権利」や「拒否する権利」があります。
親切心でも、押し付けが過ぎると「余計なお節介」になりかねません。

こういった文章を書いていながら、私も「このブログ自体、余計なお節介だ!って人も居るんだろうな・・・」と思いつつ。

お互い、気をつけましょうね!

「OMORI」というゲームをやってみた。

 

ある日、友人から「ひきこもり系ホラーRPGとして、評判が高いOMORI(オモリ)っていうゲームがあるんだよ。きっとかっしーに向いてると思うから、やってみない?」と勧められました。

正直ホラーは苦手です。
小さい頃、遊園地のお化け屋敷で置き去りにされてから、トラウマレベルに。

ですが「ひきこもり」という謳い文句に妙に惹かれました。
ただ何となく思っていたのは「どうせ主人公がひきこもりで、でも仲間がいて、仲間のおかげでひきこもりを卒業する物語なんだろう」と安易に見ていました。
でも配信サイト・Steamで見たレビューは、ほとんど「ひきこもり」には触れておらず「レビューを見ずにやってみて欲しい」というのが圧倒的でした。


Steamからダウンロードして、恐る恐る起動させました。すると・・・

絵が、可愛すぎる・・・

ご覧の通り、絵がソフトタッチで柔らかく、とても可愛らしいのです。手描き風でシンプルながらも、どこか温かさを感じる。オモリだけ何故かモノクロなのですが、それもまた味になっているなと思いました。

この絵でどう「ホラー」な部分が展開していくのだろうか・・・?
そんな風にドキドキしていたら、いきなり来たのがホワイトスペースでの「刺す」という選択肢。

そしてやって来る、現実の世界。そこでやっと「ひきこもり」らしいサニーの世界が始まりました。

いきなりの「死」

私は初回、ケルが来た時に扉を開け、サニールートを選択しました。
そして現実パートが始まって直後、ハッキリ告げられた訳ではありませんが、町の人やケルの発言などから「姉・マリの死」を知ります。しかもそれからもう4年も経っているというのです。

そして1番ビックリしたのは、オーブリーちゃんがヤンキー化していたことでしょうかw
あ、ちなみに恥ずかしながら、私のサニーの名前は「かっしー」にしました^^;理由は「ひきこもっているから」「目が眠そうな所が似ているから」ですw

そしてオモリサイドでは人懐っこかったバジルくんは、何があったのか心配するくらい、ケルはともかくかっしーにまでビクビク・・・。
かっしーが3日後に引っ越すと聞き、動揺してトイレへ・・・ここで私は何となく「バジルくんはマリの死に関わっている」と直感しました。

恐怖を超えた、先にあるもの

かっしー=オモリには苦手な物がたくさんあります。

  1. 1人ぼっち
  2. 高い所
  3. クモ

ひきこもってるのに、1人ぼっちが嫌ってなんだそりゃ?!と最初思いました。
そして終盤、これらは全てマリとの思い出に結び付くことが分かります。

  1. 1人ぼっち→姉・マリが死んで居なくなったため。
  2. 高い所→マリの死の真相に絡む。
  3. クモ→溺れる直前、肩に大きなクモが居たため。
  4. 水→湖で溺れ、ひざが悪いマリに助けてもらった。
かっしーはオモリの世界でみんなに応援されながら、この怖い物を1つ1つ乗り越えていきます。

バジルくん犯人説

物語を進めていくにつれ、マリの死因が「自殺(首吊り)」はおかしい・・と思い始めました。みんなから慕われ、勉強もでき、ヒロという素敵な彼氏もいる。弟とも仲良し。唯一「真面目過ぎる」という長所にもつながる短所はあったようですが、マリが自殺する要素が見当たらないのです。
最初「なんでも出来るマリだからこそ、周囲のプレッシャーに押しつぶされちゃったのかな・・・(´・ω・`)」と思いましたが、それにしては不自然。だとしたらもっとかっしーママは落ち込んでいそうなものなのに。
そんな疑問を抱えながらプレイしていくと、バジルくんがかっしーに「かっしーくん・・・もう・・・逃げようがないのかな?」と病床から訴えて来るシーンがありました。

パッと見には「オーブリーちゃんからのいじめから逃れたい」ように思えたのですが、でも相手がオーブリーちゃんであれば逃げる事は可能だろうとすぐに考え直しました。それこそ、かっしーのようにひきこもっていれば会うこともないし、町中に変な噂を広められても、耳に入ることもない。

もしかするとバジルくんは、マリの死に絡んでいて、そこには何らかの罪があり、その罪から「逃げようがない」=真相を隠せなくなっているのでは、と思いました。つまり、バジルくん犯人説です。そう考えると、いくらオーブリーちゃんから不当な扱いを受けていても我慢しているのも、かっしーが引っ越すと聞いて焦ったのもつじつまが合います。

ただもしそうだとすると、バジルくんがかっしーにやたらビクビクしている態度を取っていることについては説明がつかなくなります。
ただ私はこのバジルくんのセリフで「マリちゃんは自殺していない」と確信しました。

「死」と「罪」に向き合うゲーム

(※以下、ネタバレを含みます。未プレイでマリちゃんの死の真相を知りたくない方はブラウザバックを!)

物語の終盤、バジルくんは再びかっしーに意味深な問いかけをします。「(不気味な影が)君にも見えているんでしょ・・・?」と。
ここでバジルくんは、かっしーに怯えていたのではなく、かっしーの後ろに見えている影=なにかに怯えているのだと分かりました。
やがてバジルくんは、どんどん狂乱的になっていき、かっしーに「1人にしないで」と助けを求めながらも「きっと大丈夫」という矛盾したセリフを繰り返していきます。

ブラックスペースではこれでもか!というほど、救いようのないバジルくんの姿を見せつけられ・・・ここで私の中のバジルくん犯人説は保留になりました。
夢の中でバジルくんの写真を拾い集めていき、やがてマリちゃんの死の真相にたどり着きます。それは一番「あり得る」と頭の中のどこかで思っていたのに、「いや、さすがにそれは残酷すぎる」と打ち消していた「主人公犯人説」でした。

正確にはかっしーはマリちゃんと揉めた時、うっかり突き落としてしまっただけです。写真の中でかっしーはマリをベッドまで運び、そこでうずくまっています。おそらく「そこまでするつもりはなかった」のでしょう。ですがマリちゃんはひざが悪く、踏ん張る力がなかったため、落ちてしまった。

そしてそこに居合わせたバジルくん。私は当初、バジルくんがたまたまそこに居合わせて、写真を撮ってしまったから首吊りの偽装に脅されて付き合わされているのかと思いました。
ですがバジルくんは夢の中のあの木の下でかっしーに謝っていました。

バジルくんの写真をよく見ると、マリのベッドの横で落胆していたかっしーの肩をバジルがつかみ、何か言い聞かせているかのような1枚があります。
つまり、マリの転落死を首吊りに偽装する提案をしたのは、バジルくん。

では何故そうしたのか。
まずバジルくんにとってかっしーは大切な親友であり、憧れの存在でもありました。「憧れ」なのは、夢の中(ヘッドスペース)のオモリへのセリフからも読み取れる箇所がいくつかあります。
そして「後ろの影」の存在。

姉のマリちゃんを慕っており、強いはずのかっしーが、そんな事をするはずがない。こんな怖いことをさせてしまったのは、かっしーではなく、かっしーの後ろにいる影であり、かっしーは操られているだけなのだ。
だから今度は自分がかっしーを救う番だ。

おそらくそんな風に彼は思ったのでしょう。
そして偽装を提案し、2人でマリの遺体を運び、バジルくんは呆然としているかっしーに代わって、マリの首に縄をかけます。
でもそれが間違いでした。だから謝っていたのです。

写真の最後は、吊られたマリの遺体を振り返り、その遺体から一つ目の影=「なにか」が飛び出し、かっしーたちに付きまとうようになりました。
この「なにか」をバジルくんたちはマリからの呪いだと思い込み、その呪いによってバジルくんは「逃げられない」と悟ったのでしょう。

でもバジルくんは思わぬ事態に陥ります。
かっしーの引っ越しです。
自分はかっしーのために偽装をし、マリの首に縄をかけたのに。そんな自分を置いていくのか。それは裏切りとも取れたでしょう。

一方かっしーはオモリの存在により、マリの死に徐々に立ち向かうようになりました。自分の罪を受け入れ、ずっと逃げ場所になっていたオモリを自分の中に消しこみ、最後は仲間を信じて全てを打ち明ける決断をします。
本編では語られませんが、かっしーは決してマリが嫌いになって突き落とした訳ではありません。
バジルくんのアルバムで、花冠をみんなで作る場面があります。その中で「ケルくんとオモリ(かっしー)くんは飽きて遊びに行っちゃった」という風なメモがあります。つまりかっしーも結構飽きっぽい性格みたいで、おそらくバイオリンの練習にどこかで飽きたのでしょう。
でもマリは真面目で完璧主義。そういう所がますます負担になり、かっしーは友達がお金を出し合ってプレゼントしてくれた、大事なバイオリンを壊してしまう。それを見てますますマリもカッとなってしまい、かっしーを厳しく叱責してしまう。
どちらもお互いの、あるいは周りの期待に応えたいという気持ちがあり、それが上手くかみ合わないが故のいらだちによる行為だったと言えます。

綺麗じゃないエンディング

かくして私はTrueEndを迎えました。

パッと見にはかっしーは自分の弱さを乗り越え、自分の罪を認め、バジルくんも救い出し、仲間にも真実を打ち明け、めでたしめでたし。

ですが、おそらくそうではないと思われます。
まずヒロたちが「君はここまで頑張った」「俺たちを信じてくれ」と語るのは、夢の中の世界の話です。現実にはそう簡単にマリの死の真相を受け入れることは出来ないでしょう。
ケルはある程度の所で「かっしーは悪くない」と受け入れそうな気はします。が、オーブリーちゃんとヒロくんは、きっとまた悩むでしょうね。

そしてバジルくん。彼もまた、信頼しているかっしーに「仲間をだまし続けた」という罪をも被せることになってしまい、罪の意識が消えることはないと思われます。

ここで私が気になったのは、かっしーの両親はどうなんだろう?という所。本編ではママが声だけで登場、お父さんと思わしき人物は夢の中の世界でマリが首吊りした木を「何故落ちないの・・・」とブツブツ繰り返しているシーンで出て来ます。
具体的に触れられた部分はないので、ここからは完全な私の推測ですが、おそらく両親は息子の罪を知っていたと思われます。かっしーパパはそれが理由で離婚もしくは家を出ている。ママはかっしーまでも失いたくがないために、過剰なまでに「愛してるよ」などのメッセージを頻繁に送っていたのかと思います。

ですが、かっしーが仲間に真相を打ち明けたことにより、両親もまた再び苦しむことになるのでしょう。

先を考えるとすごく苦しくて、決して綺麗じゃないエンディングでした。
でも綺麗ではない所が逆にリアリティがあり、人間の汚さとかずるさなども決して置き去りにしない、素晴らしいゲームだとも思わされました。
◆◇◆

病院に騙された・・・?

 更年期障害で産婦人科に通っています。

更年期障害は本当に色んな症状が日替わりで出たり、人によっては全く無症状で終わったりします。私もついに先日、めまいまで起こしてほぼ代表的な症例をフルコンプしてしまいました😅

エクオールが良いと聞き・・・。

前々から「更年期障害には、大豆イソフラボンから抽出したエクオールが良い」という噂は聞いていました。ただ今まではそこまで酷い症状はなかったので「ふーん、まぁ私には今の所そこまで必要じゃないかなぁ・・・」という感じで聞き流していました。

ですがこうなると、やはり少しでも効くなら頼りたい‼という気持ちになりまして。
この時私は家事をするのもしんどくて、母の所に居たのですが、外出も頭がフラフラしてしんどい状態が続いていたので、母に近くの薬局で小林製薬のエクオールを買って来てもらいました。

小林製薬というと、あの商品名が色々面白い製薬会社ですねw
でも今回の事で「命の母」の会社だと初めて知りました😲
製薬会社はよく知らない人でも「命の母」と言えば分かる人も多いのではないでしょうか。
その「命の母」は私も時々服用しています。飲んでて今まで変な症状が出た事はないですし、漢方薬や生薬を中心としているので、信頼おけるブランドだと思います✨

なので、私も最初は「命の母のエクオールを買って来て」と指定しました。

病院処方がある・・・❓

しばらくして地元に戻り、そこで一応大丈夫だとは思うのですが、エクオールの袋を持ってかかりつけの産婦人科医に「このエクオールを他の薬と一緒に飲んでも大丈夫か❓」という確認を取りました。もちろん私はリーゼ以外は当帰芍薬散と、エストラーナテープ(ホルモン補充パッチ)しかないので、OKとの事でした。

が、私が持っているエクオールを見た看護師さんが「うちでも取り扱いがありますよ」「市販薬は効果が薄いけど、病院処方のものはすごく効きます」「病院処方だから、保険適用ですし、安く済みますよ」と言われ・・・そうだったのか‼ならそっちにすれば良かったー💦となりました。
でも命の母のエクオールも買ったばかりで、もったいないので30日分飲みきったら、次は病院処方をお願いしますと伝えて帰りました。

現実は・・・

そしてしばらくすぎて、命の母のエクオールがなくなって来たし、エストラーナテープも切れそうだったので、産婦人科に行きました。

で、先生とお話をして院内処方で出してもらえる事に・・・と思ったら、私に院内処方のエクオールがあると教えてくれた看護師さんが小走りでやって来て「すみません、これ、一般業者の物を病院で扱ってるだけなので、ちょっと高額になるんですけど・・・」と。
「命の母の方は、何日分でお値段はどのくらいでしたか❓」と聞かれたのですが、私は正直値段は正確には把握してなかったのですが「30日分で2000円くらいだと思います」と伝えたら「う~ん・・・うちのは同じ30日分で4000円くらいかかるんですけど、ただ一般の薬よりは効果あると思うので・・・」

は・・・❓よ、よんせんえん・・・・❓❓

うん、いや、当然聞いてません。
でもその時、すごく体調も良くなかったし、迷いました。看護師さんがそこまで良いだろうと推すのなら、手持ちに4000円なくもないので、とりあえず30日試してみるべきか・・・。

結局、お試しでも出してもらう事にしました。

キツイっすよ💦

翌日から、まだ少し残っていた命の母のエクオールは一旦中断しました。何故なら両方の外装を見て、消費期限が新しいエクオール・・・正しくは大塚製薬の「S-エクエル」なのですが、そちらの方が消費期限が早かったからです。

封を破って、エクエルを1錠取り出してみて、驚きました。

←命の母のエクオール                 大塚製薬のエクエル→

エクエル・・・デカくね・・・・❓😅

これを1日4粒飲めという事らしいです。
でも見た所、大きさは命の母のエクオールとそんなに変わりませんよね❓
命の母のエクオールは、1日1粒です。

ふと思いました。
看護師さんが「よく効く」と言ったのは、もしかして・・・
本当は命の母のエクオール1粒とエクエル1粒にそれほど差はなくて、ただエクエルは4倍飲むからよく効くだけなんじゃ・・・・❓と。

試しにエクエルを1粒飲んでみました。
主成分はどちらもデンプンです。つまり小さいお芋を食べるのと同じ。結構お腹がいっぱいになりました😓というか、朝食の後に飲んだので、ちょっと苦しい状態に。
これをあと3つも飲むのは苦行でしかないと感じました。

で、母に報告します。

「1日朝晩2粒までで許して🙏」
すると母から「仕方ない、許してつかわそう。その代わり、もったいないから毎日ちゃんと飲みなさい」とメールが返って来ました。確かに・・・もったいない・・・。

もう次からは命の母の方に戻します💦


で、タイトルに「騙された・・・?」とは書きましたが、私は正直そこまでは思っていません。看護師さんの口ぶりだと、看護師さんも知らなかった様子だったので。
しかし故意ではなくとも、「病院処方」とか「保険適用で安く済む」とか、嘘ではないにしろ、不確定な情報をさも正しいかのように私に伝えた訳なので、そこは出来ればちゃんと謝って欲しいなと思いました。今度行った時、同じ看護師さんだったら少し追及してみようと思います。「一言だけ出来れば欲しかったんですけど」と。やわらかくねw若い可愛い看護師さんでしたから、優しく♥(顔差別w)

でも最初2000円損したー‼と思ったのですけど、1日の摂取量を半分にしたので、結果プラマイ0ですかね?・・・ですよね?!😅

ひきこもりの葛藤①

 


よく「ひきこもりって、ひきこもって居られるんだから良いね」と言われます。
確かに親のすねかじって、働きもせず、楽しているように見えるかもしれません。

ですが私の経験で言うと「苦悩と葛藤の毎日」です。

父親と365日バトル。

父は特に精神疾患への拒否反応が顕著でした。
「何故病院に行き、薬をもらっているのに良くならないのか❓」
そこが理解出来ません。そして
「本当に今のままで良くなるのか❓」
という事もよく言われました。

たとえ父と顔を合わせなくても、神経を擦り減らしていました。
父に会ったら、いつ説教されるか分からない。怒られるかもしれない。
丁度運悪く、その頃父は定年退職をしており、ほぼ家に居ましたwただ父はギャンブルを趣味として、たしなむ程度にやっており、また我が家はパチスロ屋さんが近い所にあったので、父がパチスロ屋に行っている時が唯一の安らぎの時でした☺

が、これがまた難しい。
私はその頃2階に自分の部屋があり、そこでひきこもっていました。
父は1階にいます。父が動き回ると、音で分かります。父が日中居る時、私は自分の部屋から出られません。父が寝静まる夜中まで待ち、夜中になったらそーっと音をなるべく立てないように1階に降り、トイレに行き(1日1回のみ)、台所に行ってお惣菜パンを1個(これが1日の食事内容)2階に持って上がって食べていたのです。
父が出掛ける時も、油断できませんでした。階段下から時々「出て来なさい」と、お説教のために呼び出される事があったからです。まず父が玄関から出て、車のエンジンをかけ、車が出て行って家の近くの角を曲がって音が遠ざかるまでは動けませんでした。
夜中に父がトイレに行く時も、思わずビクビクして耳を澄ませていました。

こんな状態でも羨まれるようなものなのか、逆に問いかけたいです。

「ひきこもっていること」への葛藤。

ひきこもりにとって、代表的にツライ世間の行事を時系列に沿ってまとめてみました。

1月1日 新年の挨拶(家族や親せきに会う→説教・「何してるの❓」攻撃)
1月3日 仕事始め(何も始められない自分を責める)
1月8日 新学期の始まり(同上)
2月14日 バレンタインなど関係なし
2月後半 受験や就職の話題が多くなる
3月1日 卒業式後の卒業生インタビューがまぶしい
3月後半 徐々に「就職」の話題が多くなり、世間からの圧を感じる
4月1日 社会人スタート(やはり自分は何もスタートしないので、落ち着かず)
4月後半 GWが始まると、街中に人出が増えて出られなくなる
5月後半~6月 梅雨の到来で、季節性うつなどに悩まされる
7月後半 夏休みスタート。再び街中に人が増え、閉じこもる
8月31日 自分の夏休みの宿題はいつ終わるのだろうか❓と悶々
9月1日 新学期の始まり(以下略)
10月~11月 修学旅行の話題が増える
12月24日 クリスマスって1人で過ごしちゃいけないの❓
12月後半 今年1年も、何も出来なかったなぁ・・・

ご覧頂ければ分かる通り、毎月何かしら悩んでます😅

世間が動くと「動けない自分は・・・」と葛藤している・・・それがひきこもりの実態です。

゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+

次回、「日々」のレベルでの葛藤をお届けしようと思います。

②へ続く。

私なりの「戦争と平和」

 

今年もこの日がやって来ましたね。
1年に1度、戦争と平和について考える日です。

小学生の頃の私自身の話をしようと思います。

はじめての平和学習は「恐怖」だった。

小学校にあがって初めての8月6日の登校日。
まず教室に入ると、教室の壁一面にモノクロの写真が並べられていました。どれも人間とは思えない、皮膚が焼けただれ、酷い火傷を負った人の写真ばかり。
この日、初めて戦争というものを知りました。
クラスの女子の中には、怖くて泣いている子もいました。

でも、怖いだけではありませんでした。

他の行事


広島県民以外の方には馴染みがない方も多いと思いますが、原爆についての歌も割とたくさんあり、この日に合唱するために練習したりもします。
「同胞(はらから)の絶え間なき 労働に築きあぐ富と幸
 今は全て潰(つい)え去らん ああ許すまじ戦争を
 三度(みたび)許すまじ原爆を 我らの空に」
言葉が難しくて、ほとんど意味が分かりませんでした。でも今もこの歌の、この部分は覚えています。
他に「夾竹桃の歌」「青い空は青いままで」など歌っていました。今でもほとんどそらんじて歌えるものが多いです。

5年生になったら修学旅行で原爆資料館に行き、佐々木貞子さんの「平和の子の像」に折り鶴を捧げるので、折り方を教わって1人30枚ずつくらい折り紙が渡され、家族総出で折っていた事も思い出します。
祖父母の家に遊びに行く時も、折り紙を夏休みの宿題と一緒に持って行き、集まった親戚にも協力してもらっていました^^;

家族と戦争

平和学習が終わって家に帰ったら、家族とも戦争について話しました。

その時、初めて祖父が徴兵されて朝鮮に居た事もあると知りました。私は正直戦争は昔の事だと、どこか他人事のように思っていたので、身近に戦争に関わった人がいると聞いてショックでした。

祖父は身体が弱かったため、前線に出る事はなく、倉庫にある物資を帳簿に記録して管理する役割だったようです。時々ごまかして、食料を傷ついた兵隊さんに分けていたそう。
ただ前線に出られなかった事で本人はその事を恥じ、悔いており。かなり強い劣等感を感じていたようです。それが後年、私への偏った「英才教育」につながっていく訳ですが。。。

母方の方は田舎の稲作農家だったので、直接かかわりはないと思っていましたが、祖父の兄弟がほとんど兵隊として徴兵されたり、戦死している人もいる事も知りました。昔の写真を出されて見ると、胸に勲章を付けた兵隊の服を着た人の写真がずらりと並んでいて。写真を裏返して見ると、ほとんど「〇〇年〇月〇日、▲▲にて戦死」と書かれていました。

私の祖父は父方・母方とも私が小学校2年生にあがるまでに亡くなっています。
もしこの時、家族と話し合わなかったら祖父たちが戦争に関わっていた事を直接聞く機会はなかったでしょう。
その意味では貴重な日でした。

子供にとっての「戦争」

人生初めての平和学習は、そんな風に恐怖から始まりましたが、その後もしばらくそれは続きます。

翌日の朝、ラジオ体操に行ってからも、みんなで戦争について話し合していました。ご近所の大人も一緒にラジオ体操をするため、ご近所さんとも平和学習の内容について話し合ってみたり。

私が通っていた小学校では、夏休みには「分団プール」というのがありました。学区が東と西に分けられ、「東〇〇分団」「西■■分団」という風に区分けされていました。ちなみに私の家の周辺は「西3の2分団」。相当児童数が多かった事がうかがえますね。
この分団プールは、学校のプールを1時間ごとに分団を入れ替え、無料開放する夏休みの行事です。市民プールはお金がかかるため、無料でプールに入れる分団プールは子供たちにとってオアシスでした。監視につくPTAには負担だったかもしれませんが😓

平和学習の後しばらくは、この分団プールの行き帰りでも話題はやっぱり「戦争の怖さ」でした。
夏休みの登校日は投稿班はなかったと記憶しています。なので他の学年の子と夏休みの間に話せるのは、ラジオ体操と分団プールの間のみでした。もちろん上級生たちとも戦争についての話をします。

そして2学期が始まり、授業が始まってからも、授業中に飛行機の音が聞こえて来たら、クラスの誰か(大抵男子😅)が「B29なんじゃあ・・・」と言い出し、女子が怖がって騒いでいた事も思い出されます。

終わっていない戦争

そんな日々を過ごしながらも、私はしばらくの間、戦争は「過去の出来事」としてとらえていました。
そんな中「湾岸戦争」のニュースが飛び込んで来ます。
まだ戦争は終わっていなくて、広い世界のどこかではずっと戦争が続いていたのだと、その時初めて知りました。

小学校の時、授業中に「B29なんじゃあ・・・」と騒いでいた男子のように、授業中に飛行機の音がしたら「イラクに行く爆撃機なんじゃあ・・・」「もしそうだったら、間違ってここへ墜落したら・・・」と騒いだりもしていました。

みんなで「影送り」

平和学習は、なにも怖い思い出ばかりでもありません。
「ちいちゃんの影送り」という平和学習のための教材文書があります。

主人公は「ちいちゃん」。小さいから「ちいちゃん」。家族と一緒に手をつないで「影送り」をしていました。

この影送りというのは、真夏の雲1つない青空でないと出来ない遊びなのですが、まず影をじーっと見つめます。まばたきをしないように、10数えます。その後、そのまま空を見上げると、空に影が白く映る・・・という遊びです。

ある日、原爆でちいちゃんは家族を全員亡くします。天涯孤独になってしまったちいちゃん。その寂しさから、ちいちゃんは1人で影送りをします。すると空には、家族の影が映ります。手をつないで。そしてちいちゃんは「家族はいつもそばに居る」と寂しさをこらえ、強く生きようと誓う・・・そんな話でした。

私たちの間でも、しばらくこの「影送り」をして遊びました。先生も一緒になって校庭に出て、皆で手をつないで影送りをし、空を見上げていました。

やっぱりカープ!

私は祖父の代から3代続く、生粋のカープファンですw

別に祖父や父が好きだから、カープファンになった訳ではありません。気が付いたらカープファンでした。

そのカープは、戦後間もない、広島市民にとって娯楽も何もない頃に生まれた球団。いわば「復興の象徴」でした。食べ物もろくにまだなかったのに、なけなしのお金を寄付して球団の存続を訴える・・・そんな市民に愛された球団です。その寄付が後々、たる募金につながっていく訳ですが。

今は「ピースナイター」も開催されます。大抵地元ローカルのRCCが中継放送するのですが、この時地元紙の中国新聞のラテ欄(テレビ欄)は、ピースナイターの中継枠は毎年縦読みで「野球を楽しめる平和に感謝」といった内容の文章を作ります。

少し話は逸れますが、よくピースナイターの時に相手チームが勝つと「空気読めや」というファンが居ますが、これはもちろん解釈が違います。「カープを勝たせないといけない日」ではありません。「野球が出来る(見られる)平和に感謝」し、敵味方関係なくこの平和が続くように祈る日です。

平和について考える日

社会人になってからでしょうか。
「え?8月6日の登校日って、広島県内だけなの?!」と、衝撃を受けたのはw

そして広島県民でも8月6日には黙とうを捧げていても、8月9日が長崎の原爆の日だという事を知らない人もいると知りました。私は自分の誕生日だから覚えざるを得ないのですが^^;

1年中平和について考える人は居ないでしょう。でも、1年に1回くらいは平和について意識してみる機会だと思います。

今回のオリンピックでは、8時15分に黙とうはしないと聞き、がっかりしました。IOCが発表した理由だと「日本も戦争では、相手国に被害を与えている」「政治的な行事をスポーツに持ち込むべきではない」のだからだそうです。なんだ❓平和の祭典って。

けれど祈ること・平和について語ることは、個人の自由だと思います。IOCはそう言っていても、外国人が皆が皆、黙とうしない訳ではありません。心を痛めて一緒に祈ってくれる人も居ます。

私のTwitterのタイムライン上も、祈りの言葉に溢れています。

戦争がなくなりますように。
戦争で罪もなく死んだ方が、安らかに眠れますように。
コロナが早く収束し、平和な日常が戻りますように。

私が「ひきこもり女子会」に慎重な理由。

 

よく「かっしーさん、ひきこもり女子会やりませんか❓」というお声は頂きます。

コロナ禍前からオンラインで活動してた私ですから、当然その頃から考えていることではあります。もうかれこれ4~5年は温めてます。

でもまだ案を温めているだけです。
何故か❓
やろうと思えばすぐにでも出来る「環境」「ノウハウ」は整っています。

ただ実行出来ないのは、私が「継続性」を考えているからです。

「やろう」だけで始めて良いのか?

コロナ禍で「オンライン〇〇」が増え、ひきこもり・生きづらさ関係もオンライン化が増えて来ました。それは良い事だと単純に思います。

ただコロナ明けにどうするかはさておき、「果たしてこの会は続くのだろうか❓」という疑問を持つことはあります。
仲良しだけで集まって、何となくやり始めた・・・そんな雰囲気がある会も時々お見掛けします。「コロナの間だけだから」ならまだ良いのですが。


以前コロナで最初の緊急事態宣言が出始めた頃、こんな事がありました。

私はとあるオンライン当事者会に参加していて「女子会をやりたいんですよね」という話をしました。司会の方(男性)もそれを考えておられ、「オンラインでやるならかっしーさんが司会になるのが適任」と言われましたが、私の場合「オンラインのみなので、実はひきこもり女子のつながりが少ない」と言うと、リアルで女子会をやった事があるという方が名乗りをあげて下さいました。
その方が代表になり、私はオンラインの司会担当。いわば「共同主催」のような形です。

これで念願のオンライン女子会が出来ると思ったのですが、私が「ルールとかどうします❓」「Zoomを使うなら、告知方法など考えないといけないですね」「Zoomの参加方法も知らない方も多いでしょうから、Zoomの使い方をまずレクチャーするのも必要かもしれないですね」と色々ご提案させて頂いた所、相手の方は混乱してしまったようです。

それで結局、その代表者さんは私に「圧を感じる」となってしまわれたようで、後でその場の司会男性を通じて共同主催を辞退して欲しい、さらに女子会含め、その話をしていた場も出入り禁止となりました。
(その場に居た女性の何名かは、その女性のお知り合いで、私が相当圧を与えて苦しめているように見えてしまったようです💦)

それ以来、他のオンラインの女子会であっても何となく「時々理論で突っ走る私は、参加しない方が良いだろうな・・・」と、場を壊すのが怖くなってしまって、参加していません。お誘い頂いたら「予定が合えば行きます」とお返事しているものの、「予定が合わなくなった」などの理由をつけて結局参加しなかったり。

差別するつもりはありませんが、女性主催者さんは何故か「場当たり的」に始めてしまう方が多い印象です。

ルールは何のためにあるのか

私はルールなどきっちり決めてから動かしたい派です。

以前テーマパークで勤務していた事がありますが、「何かあってからでは遅い」という言葉を何度も言われました。なので開園前からずっとスタッフ同士話し合いを重ね「台風が来たらどうしたら良いか❓」「暗闇の中でお客様を混乱させずに誘導するにはどうしたら良いか❓」「どの段階で危ないと見極めるのが良いか❓」など、色々話し合って来ました。
それはスタッフ自身の身を守るためでもあり、何よりお客様の安全を守り、その上でお客様に安心してアトラクションを楽しんで頂くためです。

(こういう事をビジネス用語では「リスクマネジメント」と言います)

いつも安全とは限らない。だから危険が訪れた時、どうすれば損害を少なく出来るか。
それを常に考えるのが私の習性となってしまってるんですね😅
それが不安材料になって、今の不安障害の引き金にもなっている気がしますが。。。

ネット社会の危なさも、とある会社で昔サイバーレスキューとして働いていたので、ある程度は知っていると自負しております。アクセス制限かけようが、そこをかいくぐって来る人はいくらでもいる訳で。

あるいは他の女子会のチャットなども複数参加させて頂いた事があるのですが、多くの所が「マウント取り」みたいな事が起き、管理人が機能しなくなって空中分解してしまうのも、結構見て来ました。
その時、共通して言えるのは「ルールを作っていない」「あっても、ザックリしすぎて細かいケースに追及していない・例を出していない」「全員に浸透していない」などがあります。
ルールを理解しているのは、立ち上げ時から参加している、いわゆる「古参メンバー」のみで、しかもその古参メンバーもルールを自分たちの都合の良いものに勝手に書き換えてしまっているパターンが多かったです。
結果、新しく入った女性がまず会話に入れないし、歓迎ムードも何もなく、淡々とチャットが流れていき、淘汰される・・・という現象が起きていました。

ルールがあっても・・・

こんなことに遭遇した事があります。

とある女子会のチャットに参加させて頂きました。
ルールにはこう書いてあります。
「まずは自己紹介をしましょう」

しかし皆さん何だかダイエットの話で盛り上がっており、割り込める雰囲気ではありませんでした。なのでいずれ管理者さんから何かアナウンス的なものでもあるのかな❓と思いましたが、管理者さん自身が話にノリノリでこちらが自己紹介する流れを作ってもらえません。
結局話についていけず、そっと無言退出しました。
その翌日、管理者さんからDMで「何故無言退出したの❓」という問い合わせがありました。(正直私はそういう「去る者を追う」体質も好きではありません💧)「流れについていけなかったので」「ルールには『自己紹介しましょう』とあるのに、チャットを遡っても自己紹介を書き込んでいる人は1人も見当たらず、逆に自己紹介するのは場違いな気がしたので」とご返答させて頂きました。
すると驚くべきことに「かっしーさんがそんなに気を使う人だとは知りませんでした」という回答が返って来たのです。

まさか「ひきこもり」の名を冠する場所の管理者さんから、そんな言葉が返って来るとは思いませんでした。
まだ私もHSPという言葉も知らない時期の事だったので、仕方ないと言えば仕方ない事なのかもしれませんが。ネタで「空気読まない、無神経な所があるので」と言ってはいますが、実は結構・・・人間関係でもリスクマネジメントを意識するような気使いの人でもあるんですよ😅w意外とね。

ルールに定めてあっても、守る人が居ないのでは・・・という例です。

責任の重さ

仲間内で2~3回だけとか、たまに気が向いた時とか、「継続性」を無視するならばルールなど作らず、場当たり的にやっても良いかもしれません。

ですが継続性を持ってやりたいなら、私はやはりルールの土台だけでも作っておいてから始める方を推奨します。相手は人なので。参加者さんが傷ついてからでは遅い気がします。
開催回数を重ねていく中で参加者層が変わったりして、ルールが追加・変更される事はよくあります。私の会でも1年に1回くらいのペースでルールの追加・変更をしており、その都度お知らせをしております。
ただ土台があるとないのでは、大きく安全性が違って来ます。

主催者は、その場に参加する全員の「安心・安全」を守らなければなりません。またその安全を脅かす存在が出て来た時、どう対処するかも想定し、矢面に立って戦わねばなりません。時にはルール違反者を退場させる事で「冷酷な人」と思われる事もあります。が、私は常にその覚悟を背負っているつもりです。実際、出禁の処置を取った相手からしばらく恨み言のDMをしつこく送られた事もあります。
が、私が一貫して主張するのは「皆の安全のための判断」です。

これは私自身も冷酷だとは思いますが、でも致し方なくやっている部分なのですが。
たとえば悪意はないのだけれど、ルールがどうしても何度言っても守れない人がいます。私も2~3回くらいは注意で済ませます。が、回数が重なればいくらそういう特性を持った方であっても、問答無用でバッサリ・・・という事はあります。
冷酷に見えるかもしれませんが、これは実は2次被害を防ぐためです。「この病名を使えば、ルール無視をしても許される」と思い、堂々とルール違反をしてしまう人も出て来るかもしれません。こういう事が2次被害。
もちろん、特性があって・・・という事は私も把握していますし、そういう流れになる前になるべくストップをかけるように留意はしていますが😓

とにかく、負担は結構あります。

女性同士は特にトラブルが起きやすい。
「女子」をどの範囲でとらえるかも、まだ私には決まった範囲がない。
トラブルになった時、果たして私は平等にジャッジ出来るのか・・・

色んな課題を抱えており、しかも失敗例もたくさん見聞きしているので、慎重にならざるを得ないのです。

特にチャットで管理者さんから「あの発言」があった時、しばらく「女子会アレルギー」起こしてました。
なのでもしかしたら、私は一生女子会には手を出さないかもしれません。

注意の仕方

 

先日私はある失言をしました。その事についてある方から注意を受けたのですが、私は何故か自分が悪いと分かっていながら、なかなか謝罪の言葉を言えませんでした。謝罪はしていても、どこか言い訳をしていたり。最終的には謝罪をしたのですが、その言い訳があるからこそ「本当に理解はしてない」と思われたようです。

そこは私の本当に不徳の致す所であり、仕方ない事です。反省中。

何故、言い訳してしまったのか

周りの方からは「間違いは誰にでもある。その時に謝って、気を付ければ良い」など色々励まして頂いたものの、少し釈然としない部分がありました。

私が謝るだけで片付けて良いのか・・・
悪かったから、一方的に責めて良いのだろうか・・・
何故あんなにも私は意固地と言えるまで、言い訳していたのだろうか・・・

後者は私にだけではありません。私に注意をして下さった方は、他でも少しトラブルを起こし気味のようです。おっしゃる事は間違っていないのですが、言い方がどうもキツくて、なかなか受け入れてもらいがたい所があるようです。

そこでその方とのやり取りや、私が閲覧出来る限りで、その方が他の方とも揉め気味になっている文章等、読み返してみました。そこで気付いた事をまとめてみます。

ただ注意して頂きたいのは、これはその方だけでなく、私を含め誰もが陥りがちな現象であり、決して私の罪を棚上げしたものではない、と申し上げておきます。

ひきこもりの原点

少しだけ私の話をします。私は物心ついた頃から祖父に「女の子はこうあるべき」という理想を厳しく押し付けられ「年長者には逆らうな」「女は男に従うべき」という極めてその当時でも時代錯誤な「教育」を受けました。この「〇〇してはダメ」という強い否定により、私は祖父に恐怖感を覚え、祖父に対しては特に何も言えない幼少期を過ごしました。
その祖父の死後、今度は10歳くらいの時に身内から、いわゆる「性的虐待」を受けます。この時に相手が使っていた言葉も、強い否定の言葉がありました。「動くな」「お父さん・お母さんには絶対言ったらダメ」と。その相手は年上の男性であり、祖父ももちろん年上であったことから「年上の男性」に対する恐怖心がここでまた思い出すと同時に強まっていきます。
そして大人になってからは職場の男性上司であったり、ひきこもり始めた時は父との確執があったり・・・と色々重なり、いずれも強い否定を受け続け、ひきこもる事になります。男性ばかりではなかったのですが、男性の割合が強かったのは事実です。

ひきこもりの方同士でよくある話で、「〇〇してはダメ」という強い否定の言葉を受け、それがどんどん重なっていくと「〇〇はダメ」が次第に「自分がダメだから怒られるんだ」「自分はダメな人間なんだ」という状態に陥り、最終的に自分の存在意義を見失い、ひきこもる方が多いように見受けます。

これは私のようなHSP(私はHSS型ですが💦)以外でも、よく見かける現象かと思います。また「ひきこもり」と自認していなくても、同じように感じている方も多くいるかもしれません。

注意する相手にも、自尊心がある

悪い事はもちろん悪い。でもその注意の仕方で逆に相手を傷つける事もあると思います。強い否定の言葉でかえって相手が逆上したり、正常な判断力を見失う事もあるでしょう。

「悪い事を悪いと言って、何が悪いんだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ですがそれによって追い詰められ、相手が精神を病んでしまい、果てに命を絶つ・・・こういう事も決してないとは言えません。こうなれば「そこまで追い詰めた方が悪い」と、途端に加害者側に転じてしまうでしょう。

正しい指摘をしているのに、言い方によって加害者にもなり得るのです。

言葉を言い換える

加害者にならないためには、どうしたら良いか。

言葉の言い換えがあれば、もう少しスムーズにいくと思います。「ダメ」ではなく「気を付けた方が良いよ」など。「ダメ」という言葉に限らず、色んな強い意味での否定の言葉があると思います。「〇〇すべき」は、逆に捉えればそれ以外の選択肢を認めない否定の言葉です。この場合は「〇〇も良いけど、私はこうした方が良いと思う」など。

こういう事は「クッション言葉」とも言われますね。
ワンクッション入れるだけで、印象がぐっと変わってきます。
注意された方も素直に自分の非を認める気になれるのではないでしょうか。

ただしこれは精神的余裕がないと難しいと思います。
なので無理にとは言いません。冷静になった時、私も「ああいう言い方はしなくても良かったのではないか」と思い直し、後から「あの時、言い過ぎてごめんなさい」はよく言います。こういったフォローの言葉も「言い換え」につながるものであり、有効かと思われます。

尊敬する人

私の以前の職場で、怒る時は本当に厳しかったけれど、そんなに嫌いではなかった上司がいます。その上司はご自分で言っておられました。「俺はキツイ事も言うけど、最後は笑って欲しい」と。
考えてみればその方、怒った後に必ず「お茶飲む?」と一息入れさせて下さったり、笑い話をして下さったり、ご自分の失敗談を聞かせて下さってました。

特にご自分の失敗談を笑い話として聞かされると「この人も完璧な人ではないんだな」と親近感が少し湧き、自分の悪かった所・指摘された部分を抵抗感なく受け入れられますし、怒られた後でも強い落ち込みはありませんでした。

私が見て来た中でも、好かれる上司さんは皆、何らかの「失敗談」を話しており、人間味を感じさせます。上司という立場でありながら、同じ目線になって下さる感じがするのです。
嫌われる上司さんは「そんな事も出来ないのか」とか「だからお前はダメなんだ」と否定の言葉ばかり。

失敗談を挟んだり、色んなフォローを入れるのもクッション言葉になっていると思われます。

今、感じていること

私に教えて下さった方も、色んな事が重なっていたのでしょう。だから私はその方を恨む気持ちはありません。むしろ「教えて下さってありがとうございます」と言いたいです。
そして同時に、私がここで述べたような事にもし気付かれるチャンスがあれば・・・いや、あって欲しいと願っています。その時は私には謝らなくてもいいです。普通に話しかけて下されば、それで十分です。大変な事を背負われているのは察しておりますので。

同時に、私も自分の失言も詫びねばなりませんが、ここに書いた事も気をつけねばならないと思います。「気が付いた時に書く」これは私の習性ですので、あえて書かせて頂きました。

完璧な人間はいませんし、私もまだまだ未熟者です。配慮が足りない部分があれば「こういう所、気を付けてね」とそっと優しく教えて下さるとありがたいです。

ジェンダー問題=性別問題ではない

 

私は20年来のひきこもりです。ひきこもりながら、ネット上で色んなひきこもり経験者・当事者とつながり、声を聴いています。

その中で気付いた、ひきこもり界にもあるジェンダー問題についてお話したいと思います。

身体の性・脳の性

よく「女性ホルモンは男性にもあり、男性ホルモンは女性にもある」と言われますね。そして男性脳=理論的・解決を求めたがる、それに対し女性脳=感情的・共感を求めたがるとされ、この男性脳・女性脳もホルモンと同様に「男性にも女性脳が強い人が居て、女性にも男性脳が強い人が居る」あるいは「場面によって使い分けて居る」とも言われます。
「使い分け」は、具体的に言えば仕事も家庭も両立させている人。仕事では男性脳が優位、休憩中など友達と話している時や家に帰った時は女性脳が優位・・という具合に。

私が運営しているオンライン座談会には男性も多く参加されるのですが、私自身その男性たちに不快感や違和感を感じた事はありません。男性であっても、女性やひきこもり、その他色んな事で苦しんだことを話される方に「大変だったんだね」と、まず共感しているからです。
そして身体の性別は女性でありながら、男性脳で司会として突き進んだり、会話に参加する時は「寄り添い」として女性脳に切り替える私をサポートして下さるから。

男性が多く参加する場でありながら、話の内容は男性脳・女性脳が上手くバランス良く配置されているのです。

性的マジョリティーとは

ネット記事に、このような内容をお見掛けしました。

マジョリティは、社会に不公正・不平等があるという問題を、そもそも気付くことができない。もしくは気付いたとしても、スルーできる、立ち去ることができる。そうして、意図せずともそのような構造の維持や再生産に加担してしまうのです。さらには、問題を見て見ぬフリをすることで、利益を得ることもあります。

一方でマイノリティは、進学や就職、昇進など、日々の生活の様々な局面で、情報や資源、機会へのアクセスを阻まれたり、不利益を被ったりしています。したがって、社会の問題点を「気にせずにはいられない」のです。

つまり私の会に集まる人の多くは社会から不平等な扱いを受けて来たため、自らの身をもって色々な差別に「気付いてしまった」あるいは「気付かされてしまった」方たちなのです。

「え?所詮それってマイノリティーだし、ひきこもりでしょ?」

そう思った方、あなたは「気付いていない」あるいは、自分がひきこもりじゃないから・・と逃げる事が出来る「マジョリティー」です。

ひきこもってない、ひきこもり

私はNHKさんの「みんなでひきこもりラジオ」にも出演しましたし、「ヒッキーラジオ」というYouTube配信もしています。社会人になってからひきこもり、時々短時間であればパート勤務も出来たり、町内会の行事などにも参加出来ているので「ひきこもりなんです」と言うと、よく色んな人から「全然ひきこもってないじゃん!」と言われます。
でも、ひきこもりなんです。パート勤務していても、人間関係にすごく気を使い、疲れてしまう。休日まで引きずられたくないから、欠勤連絡をする上司以外誰とも連絡先の交換はしない。仕事が終わったらどこにも寄らず早く家に帰りたいし、休みの日もなるべく家の部屋の中に居たい「精神的ひきこもり」です。

また不安障害やHSP(繊細で疲れやすい人)があり、公共交通機関に乗るとパニック発作を起こす事があるので怖くてなかなか乗れません。だから自然と行動範囲も狭くなり、コロナ禍前から日常的に話す人はごくわずか。

不安障害やうつ病・パニック障害などの精神障害は「誰でもなり得る」という事が随分認知されるようになって来ました。そして「精神的ひきこもり」の部分を読んで「あ、私そうかも・・・」と思い当たる方も多いのではないでしょうか。
そう考えると、先述した「ひきこもりでしょ?」は通用しない事になります。

「へぇ~、ひきこもりってそうだったんだ!」と気付いたあなた、あなたはまだ大丈夫です。気付けた人なので。

ひきこもり界のマジョリティー

ここまでは、ひきこもり以外の方に向けて書きました。

ですが、残念ながらひきこもり界にもマジョリティーが居るんです。いわゆる「ホモソーシャル」とか「男ノリ」とも表現したりします。狭い狭いひきこもりの世界で、ひきこもりがひきこもりに『教育』を施す・・・おかしな人たちだなと、個人的には感じます。
ひきこもりだから、心理学や精神医学、福祉などに詳しいのは分かります。が、「ひきこもってて、人と話すのが怖くて・・・」と共感=仲間を求めてやって来た人に対し「趣味の合う人と話せば良いよ」なんてアドバイスしちゃったり、そこからどんどん「勉強すればいい」とか、聞いてもいないのに「こういう制度もあるから利用した方が良い」なんて言い出す始末なんです。
うちのオンライン座談会は、そういう「相談場所」にはしないと決めています。相談しに来る方も居ますが、アドバイスはしません。するとしても「私はこうしたけど、それがあなたに良いかどうかは分からない」と選択肢を示すのみです。私たちはプロではないから、うまくいかなかった時責任が持てません。

傷と個性

こういう話をすると、必ず「じゃ、その会はひきこもりの人たちが集まって、傷を舐めあってる会なの?」と聞かれます。そう捉えられるのも無理はありませんし、あえて否定もしません。けれど私自身はそうではなく、「個性を尊重している会」だと自負しております。

共感する事により、ひきこもり当事者は安心感を得られます。そうして心の余裕が少しでも出来れば、次に何をしたら良いか・どのように考えたら良いか、自然と動き出します。一気に行動する訳ではないので、周りからは変わっていないように見えるかもしれませんが。
でも本人の中では明らかに「気付き」があり、成長しているのです。

「生きづらさ」にも個々の環境で千差万別あるように、「生きやすさ」にも個人差はあります。どちらも違いを否定しない。それはいわば個性を尊重しているという事ではないでしょうか。

曇っている日

 

調子があまり良くない時でないと、調子が良くない時の本当の気持ちは書けないと思うので、あえて書き記しておこうと思います。
(※ただしこれは、私の気性・特性の問題であり、個人的主観が含まれます)

症状

  1. 涙が出やすい
  2. なんとなくだるい
  3. イライラする(主に自分に対して)
  4. やる気が起きない
  5. 他人の苦しさを自分の苦しさにしてしまう
  6. 寂しいと感じる
  7. でも人の気配も嫌
特に私は何でも「自分のせい」にしてしまう傾向があります。

また1~4までは典型的な更年期障害の症状ですが、2の「だるい」と5「他人の苦しさを自分の苦しさにしてしまう」所はHSPの特性とも言えるので、どちらのせいなのか、あるいは両方なのか、迷う所はあります。
本当はそこの所、婦人科以外にも精神科・心療内科などの専門的な判断も聞いてみたいのですが、HSPを正確に診断出来る医者が居るのか?という不安と、薬に対しても私は恐怖心が強いので、余計な薬を増やされるのも面倒だから精神科医に相談しにくい、という面があります。

そして厄介なのが6「寂しい」という反面、7「人の気配も嫌」と感じる所です。
1人暮らしなので、特に夜中に症状が出てしまうと不安になり、母に電話しようとスマホを手にするのですが「声を聴く」事を意識すると、そこで手が止まってしまう事がよくあります。
まだその辺りは5「他人の苦しさを自分の苦しさにしてしまう」という面もあるように、自分と他人の切り分けが上手くいっていないようです。

対処

  1. 休養
  2. 体調・感情・感じた事をメモする
  3. ヨガ
  4. 深呼吸
  5. (涙が出ている時は)思いっきり泣く
  6. テレビなどをボーっと見る
  7. 庭の草木を眺める
  8. 手を動かす
  9. 制限時間を設ける
やはり1番効果的なのは「休養」です。寝られそうな時は、思い切って寝る。
私はそもそもショートスリーパーだったのですが、やはり最近はそれでも年なのか(笑)睡眠時間が6時間を切るとしんどく感じる事も多くなって来ました。
夜はなかなか寝付けないこともまだ多く、そこは今調整中なのですが、夜寝られないなら夜5時間寝て、朝ご飯食べてから15時くらいまでに1時間寝るなど、合計時間で考える方が良い気がします。

ネット動画を見るという選択肢もありますが、ネット動画は横に「おすすめの動画」という悪魔のささやきがあり、ズルズルと夜更かしする素になりやすいので、私の場合それはやらないようにしています。またその「おすすめの動画」を見ていくうち、過激な描写のある動画に行きついてしまう事もあり、それが精神的負担になって眠れない事もあります。

なのでコメディータッチのドラマなど録画している物、もう何度も見ているから結末も分かっているものを見ます。その方が途中で寝ても惜しくないので🤣

メモを取る事と、手を動かす事は連動しているようにも感じます。私の場合、日記に近い形で文章として書いたり、このブログのように箇条書きにしたり、色んな手法を取っていますが、どれにも言える事は「手書きである」ということ。
体調が悪い時には、スマホを持ったり開くのでさえ面倒な時があります。
ですが余程しんどくない限り、手帳を開いてメモをするのは割と出来ます。
また書くだけでなく、過去の記録を時々読み返してみて「あの時はああだった」「この時はこういう風に対処したんだっけ」「じゃ、今回もそれが良いのではないだろうか❓」と試行錯誤をしてみます。さらに「あの時よりはマシ」と思う事で、少し昂っていた感情が落ち着くこともあります。

9「制限時間を設ける」というのも大事で、昼寝をするにしろ、瞑想やヨガをするにしろ、考え事をするにしろ、私は「〇時まで」とあらかじめ時間を決めます。時間が来たらすっぱり止める。解決していようがいなかろうが。お昼寝した後は大抵スッキリしているのでまずない事ですが、お昼寝でもスッキリしなかったら2度寝・3度寝するのではなく、違う方法をまず少し試してみる・・・という形になります。
たとえばお昼寝したけどスッキリしない、でもこれ以上寝たら夜の睡眠に障るかもしれない・・・そんな時はとりあえずテレビ。パッと見て面白そうな番組がなければ、録画したものを見る。それもイマイチという時は、新しく制限時間を設けてネット動画を2~3本だけ見る。
それでもダメだったら、横になって天井でも眺める(笑)そこで寝てしまっても、もう仕方ない、そうまでしてももう体と脳が休息を求めているんだ‼とあきらめます。

パソコンも結構目や脳への負担があるので、電源を入れる前に「〇時まで」と時間を決めるようにしています。

あと在宅ワークもなるべく稼働時間を制限しており、15~16時になったらなるべくそこでストップをかけるようにしています。(これはHSPで自分に負荷をかけすぎないための処置です)余力があっても、とりあえずそこで止めておく。翌日を考えると「50%」が私の場合はベストのようです。(まだ推定値ですが)
どうしてもそこで収まらない時は、一旦PCの前から離れてお茶や甘いものを取ったり、少し出歩いてみます。18時までやっても終わりそうにない時は、あきらめて翌日に回すか、納期が迫っているものは「相談(ヘルプを求める)」です。

頑張らない

むずかしいですが、これが1番です。
どこが自分の限界なのかを把握出来たら、なるべく早く「50%」の数値を割り出していきたいのですが、私もまだその「50%」が正確には分かりませんし、制限時間もついつい甘えてしまいがちです。それゆえ、ついうっかり夜更かしも😅
まだ在宅ワークで少し余裕が持てているうちに、自分の生活など見直してみたいと思います。


あの日

 

10年前のあの日、私は年金事務所の契約職員で、奥の印刷室にこもって仕事をしていました。印刷機がフル稼働していて騒音が酷く、また奥まった小さい部屋でほぼ個室状態になっていたため、お客様相談室の待合コーナーにあるテレビの音などは聞こえませんでした。もちろん、遠く離れた広島の地では揺れもなく。

仕事をひと段落終えて給湯室に向かう途中、お客様相談室の室長がテレビを指さしながら「すごい揺れとった」「ああ、東京のスタジオも揺れとる」と騒ぐのを聞いて、やっと何か大変な事が起きたのだという事を知りました。

けれどテレビをじっくり見る時間もなく、まだ残った作業に取り掛かるために給湯室で軽く休憩し、すぐにまた印刷室に戻ったため、どこか他人事のように感じていました。

電車が来ない・・・

少し実感らしきものが湧いたのは、帰りの電車を待っている時です。(※この頃は一時的に不安障害が回復傾向であり、電車には乗れていました)なかなか電車が来ません。地震は東北で起こったのであって、関東地方よりこちらの沿線は影響ないはずだと思ったのですが、新幹線はともかく、在来線も遅れていました。
そしてその遅れのためにすし詰め状態になって電車に乗って帰ったのですが、家に帰ってテレビで見て、やっと本当の事の大きさを実感し始めました。

映画を見ているよう

津波の映像が流れた時、私も父も同じ事を言いました。
「CGじゃなかろうか・・・」
「これが、現実に起きた事なのか・・・」
高台に逃げのびた方の悲鳴らしき声もリアルに流れました。それでもやっぱり「映画を見てるみたい」という気持ちは拭えません。

ただ何となく、この映像をじっと見続けてはいけない、と心のどこかで自分自身への警鐘が響きました。私は人の感情に移入しやすく、流されやすい。悲しい感情には特に引っ張られやすい。このまま見ていたら、自分の心がダメになる・・・
そう思い、父が食卓でテレビを見ていても、私は見て見ぬフリをしていました。

薄情者と言われても

あの日は金曜日だったと記憶しております。年金事務所は土日がお休み。

テレビでなるべく震災・津波の映像を避けていた私は、土日は録り溜めしていたビデオを見る事に専念していました。

心配だったのは、職場の昼休憩。
女性は何となく、義務ではないのですが休憩室に集まり、休憩室のテレビを見ながら、おしゃべりをしつつ食事を採るのが慣例化しています。
テレビはもちろん、あの映像を流し続けるでしょう。
そして話題は当然、震災と津波の話題でしょう。

せっかくのお休みなのに、土日の間はずっと月曜日以降の昼休憩をどうやって乗り切るか、考えていました。

悩んだ末に出した決断は「自分の机で食べる」というもの。待合コーナーのテレビは遠いし、男性職員さんは自分の机で食べてますが、男性職員さんは用もないのに話しかけて来る事はありません。ただカウンターに近いので、窓口の人が居ない場合は私がお客様に呼ばれる可能性はありますが、休憩室の苦痛から比べたら数段マシと判断しました。

もちろんお昼ご飯に声を掛けてくれた隣の席の女性は訝しんだかもしれません。が、この方には私の特性を詳しく説明しており、こそっと「あの報道や話題で、自分の精神が病むのを防ぐためだから」と言うと「分かった。ゆっくり食べてね」と、お許しを頂きました。


ボランティアとして

私の同級生は過去、お姉さんが神戸にいて阪神淡路大震災に遭い、お姉さんを目の前で亡くすという経験をした事があります。それ以来その同級生は夜1人で眠れなくなったため、お父さんやお母さんが交代で寝ずの番をして付き添っていましたが、お2人だけだときつそうなので、我が家に泊めたりなどもしていました。

そしてその同級生のお姉さんの家を片付けるためにも・・・という目的もあり、災害ボランティアに参加していました。

東北大震災の時も、ボランティアで行くべきかどうか迷っていましたが、丁度年金機構の派遣応援の要請があり、そちらで現地へ向かう事になりました。
ただ私たちの事務所が応援に行く期間は、他の事務所が行った後で広島県内では1番最後でした。先に行った他所の事務所の方にお話を聞いてみたのですが「思ったよりひどい」「現状では相談が先に進まない」「身元を保証するものがない人が多いから、色んな手続きが進まなくてお怒りを受ける覚悟をした方が良い」という事でした。

電力・ネットワークがダウンしているため、年金情報が引き出せず、他所のネットワークで照会しようと思ったら年金番号が分かる年金手帳や、身元証明書が必要です。が、着の身着のままで逃げて来た方にそんな物があるはずがありません。
紙ベースの情報処理は時代遅れだとバカにされる事もありますが、こういう時はごく一部、流されずに残った紙ベースの情報がある方がスムーズに手続きが済んだのです。

私たちは「怒られる」覚悟で行きました。

励ましてくれた人

かくして私たちの事務所の応援派遣は、石巻事務所へ向かいました。事務所と言っても庁舎は津波で流されたので、避難所に設けられた仮設テントです。
ただの契約職員にすぎない私の仕事は、まず市民の方と一番最初に接する「どんな手続きがしたいのか」を聞き出す、いわばコンセルジュ役。泣かれたり、怒られたりするんだろうな・・と覚悟を決めてました。

ですが、意外にも「どこから来たの❓」「広島かぁ・・・こっちは寒いでしょう」「よく来てくれたね」と、温かい励ましの言葉を頂く事が多く、正直戸惑いました。
もちろん災害ボランティアで行った神戸でも、似たような事はたくさんありました。が、神戸ではほとんどの人が呆然としていて、私たちは黙々と片づけをする・・・という感じだったので、被災者がこんなにも語ってくれるのは初めての経験だったのです。

ただ温かい気持ちになりながらも、痛さも感じました。
表ではこんなに励ましてくれているけど、裏ではどうだろうか?無理矢理笑顔を作ってはいないだろうか?私たちは1週間しか居られない・・・去る時、どんな気持ちになるだろうか?こんな状態で、置き去りにして・・・怒るだろうか?悲しむだろうか?それともまた、無理して笑ってしまうのだろうか?

私たちが帰った後も、あの方々の避難生活は続いていく訳で、そこに関われない自分は果たして、本当に助けているんだろうか・・・

自分は、何1つ片付かない状況で帰って、果たして日常に戻れるだろうか・・・・・

スーパーボランティア

そんな事を考えていた時、一時テレビで話題になったスーパーボランティアの小畑さんに出会いました。もしかしたら彼は私の事など覚えていないかもしれませんが^^;実は初対面ではなく、神戸の時もすれ違っていますw
その時、とても大事な言葉を教わりました。
「当事者の気持ちは当事者にしか分からない」
「分かった気になって踏み入ってはならない」
「ボランティアに、感情は要らない」

ごく冷淡な言葉に思えるかもしれません。でも感情移入してボランティアの仕事が出来ないようでは、それは支援ではなくなります。また勝手に当事者の気持ちを代弁したり、勝手に経験した気持ちになる事は、当事者への侮辱です。

それ以降、私は温かい言葉をもらった時の感謝の気持ち以外の感情は捨て、また自分が帰った後の事を考えるのは止めました。私だけでなく、ボランティアはたくさんいる、その人たちに任せるしかない、と。

災害支援とは

西日本豪雨も経験して思ったことですが、被災地の方は決して無理をしてまで、支援して欲しいとは思っていません。出来る人が、出来る時に、出来る範囲の事をすれば良いのです。

自分には何も出来ないと思っている方にも、実は出来る事はあります。まず祈ること。日時や場所は問いません。思い出した時で良いと思います。そして日常生活が送れる方は、日常生活を送る事も支援だと思います。


HSPオンラインフォーラム⑤自分を認め、自己発信

 

このブログは「①HSPについて」「②HSS型HSPについて」「③HSPとの向き合い方」「④HSPの境界線」の続きになります。

自分を認め、受け入れる。

「③HSPとの向き合い方」で、日記を付けると良いと述べましたが、まずこれを続けて等身大の自分を知るという事は、とても大切です。簡単に言えば理想の自分と現実の自分を分け、現実の自分にまずしっかりと目を向けます。

理想の自分

  • 他者から評価が欲しい
  • ベストを尽くさなければ
  • 困っている人がいれば、助けないと・・・
  • 嫌われたくない
  • いい人でいなければいけない
  • 言われた事は守らなければいけない

現実の自分

  • 小さなことから自分のしたいことをする
  • 断る練習をする
  • 自分をしっかりと褒める
  • 傷ついた時は、他人を気遣うように自分もケアする
  • こんな自分でもいい
  • 守れない事は、他で埋め合わせする
  • 守れない約束をしない
すごく勇気が要ると思います。が、それも自分だと開き直って受け入れる事で楽になれる部分が多いと思います。

周囲にどう伝えるか?

まずは自分がHSPである事を伝えるには、私自身は家族だと思っています。家族という機能を失った家族も多いかもしれません。ただそこは戸籍上の家族でなくとも、自分が「この人は家族同然だ」と思っている人でも良いと思います。ただしいざという時、法的処置が取れる人だったり、体調が優れず病院に行った時、入院時などはなるべく側に付き添える条件を兼ね備えた人である事がベストだと思います。

職場に伝える場合、順番としては信頼出来る上司がいれば、上司となるでしょう。ですが頼りになる上司がいない場合、信頼出来る同僚に話してみて、その同僚から伝えてみても良さそうな人を聞き出すのも手かもしれません。

職場で受け入れられやすい「断り方」

断り方は一番むずかしい問題だと思います。
なので要望だけを伝えるのではなく、+αを意識してみましょう。
  • 明日は予定があって難しいです
    →来週なら可能だと思います
  • 今の仕事量でいっぱいいっぱいです
    →半分くらいなら可能ですが、いかがでしょうか
  • 並行して同時に作業するのは苦手です
    →1つの作業を深堀りするのは得意です
    →ルーティンワークなら受けられます
個人的に「トリセツ」のテンプレートも考えています。
(※また公開可能となれば、ご報告させて頂きます)

そして多くの方は「診断書があれば・・・」と思われるでしょう。次回、診断書について触れて行こうと思います。
⑥に続く。

HSPオンラインフォーラム④HSPの境界線

 

このブログは「①HSPについて」「②HSS型HSPについて」「③HSPとの向き合い方」の続きです。

私、自身のTwitterにこんな投稿をしました。
https://twitter.com/kasuka0689/status/1368055274410442754

小さい頃「手がかからない良い子」だった人は、大抵HSPです。周りの大人の気持ちを読みすぎて、自分を抑え込んでいます。 ひきこもりやセクマイも、親や家族に遠慮して相談出来ない人、多いんじゃないかなぁ。

これに関して、補足があります。 

合併しやすい精神疾患

  • 自律神経失調症
  • 適応障害
  • うつ病
  • 双極性感情障害
こちらは特に問題ないかと思います。
ただし合併しているので、精神疾患の症状で先に診断名を受け、その先のHSPには気付かない場合もあります。

鑑別を要する精神疾患

  • 注意欠陥多動性障害(ADHD)
  • 自閉症スペクトラム障害
  • 双極性感情障害(特にⅡ型)
  • 非定型うつ病
こちらは特にHSS型HSPと似ているため、混合しないようにしなければなりません。何故ならば対処法が全く違うからです。

たとえば最後に挙げた「非定型うつ病」は
特徴だけ見るとHSS型HSPと非常に良く似ています。ただし非定型うつ病の場合、体が動く限りは「休まず動かす」事が行動療法とされ、一定のブレーキを要するHSPとは対処法が違って来ます。
非定型うつ病の方も、出来る事は出来てしまうので小さい頃は「手がかからない良い子」です。が、大人になるにつれて苦手な事もやらなくてはならなくなったり、それが出来ないでいると「ワガママ」「甘え」と受け取られます。

しかし、医師の診断はむずかしい・・・

私が参加したオンラインフォーラムは、参加者数全体は1,200名。そのうち「専門医に相談した」人は414人回答のうち、わずか12%。(=認知度が低い)
その12%55人回答のうち、「否定された」「医師が知らなかった」と答えた方は56%。「否定された」方は他の精神障害があり、そちらを重視していたり、または医師が知らずに「いや、あなたはこっちの障害があるから、まずはそっち」と否定されたパターンも多かったようです。

病名でなく、症状名でもないので精神科医でもそれほど熱心に勉強しておらず、また他の障害との区別がつきにくい部分があるため、回避したがる精神科医も多いようです。
⑤へ続く。

HSPオンラインフォーラム③HSPとの向き合い方

 

疲れやすさと向き合う。

まず①で述べた、どの環境に自分は一番疲れやすいのか、自分のタイプを知る事だと思います。
人間関係なのか、五感による部分なのか、それは人それぞれです。
具体的に分析したい場合、手っ取り早い方法は日記です。毎日どの部分に疲れを感じたか、どの作業がどのくらい出来たか、気分はどうか、体調はどのような感じか、良かったのか悪かったのか、細かければ細かいほど良いでしょう。天気を書いておくのもお忘れなく。
何日かしたら、定期的に読み返して分析してみる事もお勧めします。

HSPの方は、たとえば100%の力で2日間頑張ったら1日ダウンしてしまいます。大事なのは、その「1日ダウン」を消す事ではなく、ペース配分です。

100%で2日頑張り、3日目が「0」になると3日間で出来たものは「200」ですが、70%の力で3日間頑張り通せたら、3日間を合計すると「210」になります。

このパーセンテージを割り出すには、やはり「日記」をつけておくと計算がしやすくなると思います。

周囲に理解してもらう

HSPにとって、1番助かるのはやはり「周囲にHSPの疲れやすい部分」について知って頂く事だと思います。最近流行の「トリセツ」を作って、職場などに置いておくのも良いかもしれません。

また個室で休憩出来る場所を作って頂くと、職場でも負担が軽くなるかもしれませんね。そういった場所がない場合も、出来れば休憩室にパーテーションを入れてもらうか、大きめの布を画鋲で留めてカーテンのように吊るしてもらうだけでも、負担は軽くなるかもしれません。
疲れた時の「逃げ場所」を作っておいてもらう。それだけできっと職場などの居心地も違って来ると思います。

自分で出来ること

職場に言っても、なかなか理解してもらえない場合も当然あります。「皆疲れているんだよ‼」と心無い言葉を浴びせられる事もあるでしょう。それが怖くて言えない方もいらっしゃると思います。

そんな時は自己防衛もしてみましょう。

個室の代用

  • トイレ
  • ロッカー(戸を開けて視界を区切る)
  • 倉庫・書庫
  • 車(車通勤の場合)
  • 給湯室

デスク周り

  • ファイル・書類で囲む
  • パソコンのディスプレーを立ち上げておく
  • 小さい観葉植物を置く
  • 文具などを「壁」としてデスク間に置く
  • 見たり、触ると癒されるマスコットを置く
  • お茶などを飲むカップも癒し効果のあるものを使う
  • デスク上に私物を置けない場合、引き出しなどに入れておく
  • 手触りの良いマスコットを時々触る

休憩(自分)時間を作る

  • アロマ効果のあるものを取り入れる
  • お茶や甘い物を取る(フレーバーティーなどが◎)
  • 10秒くらいで良いので、目を閉じてみる
  • 深呼吸をする(無理のない範囲で)
  • 休憩する時間を決めておく
  • スペースがあるなら、楽になれる姿勢を取る
  • 本やお気に入りの音楽などに集中する
  • 肌触りの良い服に着替える(下着だけでもOK)
今、コロナなどの対策として「デスク間・休憩室にパーテーションを入れる」という対策は取りやすくなっていると思います。

感覚過敏な方も、聴覚過敏であればニオイ(嗅覚)に集中する事で、音による刺激を軽減出来る事もあるかと思います。

私(HSS型HSP)なりの対策

※あくまで私なりの対策です。
  • 時報付き時計を使う(時間忘れて集中してしまうので)
  • 時報付き時計の代わりに、スマホアラームを使う
  • パソコンを切る時間を決めておく
  • 作業に入る前にリストを作り、「ここまでやったら休憩☕」という「休憩ポイント」を決めておく
  • 日記に「作業した事」「休んだ時間」を書いておく
  • 休む間にやってみて良かった事も記録しておく
  • 朝起きて、今日やる事は1つだけに絞る
  • 出来なくても自分を責めない
  • パソコン(視覚)を使う時は、ラジオ・テレビなど音がする物は切っておく。
参考になれば幸いです。

ひきこもったきっかけ①

 ひきこもるきっかけは人それぞれ。

ここは私の体験談を語らせて頂きます。

きっかけはお局さま

私は幼少期から祖父に厳しく「女は大和撫子たるべき」「女は男を立て、常に三歩下がって居ろ」「年長者の言う事には逆らうべからず」「言い訳をするな」と、当時であっても時代錯誤甚だしい教育を受けて来ました。

学生時代も、いじめなどはあったようですが、幸いにも親が音楽活動をさせてくれており、なおかつ市民オーケストラで他校の同級生や大人に混じって活動していた事から、友達付き合いなどには困っておらず、それなりに楽しく過ごしておりました。

学校を卒業し、とある職場でお局さまに遭遇し、祖父の教えが徐々に悪循環への片鱗を見せ始めます。

その職場は20代は私しかおらず、あとは皆50代以上でした。しかも皆さん勤続10年以上の大ベテランばかり。完全アウェーです。
私が入るまで、その職場での一番の若手は、件のお局さまでした。一番若い女性・・・チヤホヤされていた事でしょう。ところが私が入った事により、「一番若い女性」というポジションは私に奪われる事になります。しかも久々の新人。周りの男性は新人の私に付きっ切り(※単に仕事を教えて下さっていただけです💦)もう自分は若くない・・・もう自分には見向きもしてもらえない・・・嫉妬の刃が向かって来始めました。

努力しても止まない攻撃

最初は本当に「仕事上のミスの指摘」でした。最初は本当に優しく教えて下さっていたのです。が、徐々に言い方がキツめになって来ます。
そして徐々にその内容は「仕事のミス」ではなくなりました。
具体例を挙げますと
  • 若い子はミスしても、笑って謝れば許してもらえていいわね
  • お茶を出すのは、若い女の子の義務よ
  • 男性に媚びるのは、気持ちいい?
  • 早く彼氏作った方がいいわよ
  • あなたのせいで皆の和が崩れた
これはほんの一例です。

私は祖父の教えにより「年長者には逆らってはならない」「言い訳をしない」と、「自分がこれだけ言われるのは、まだ私の仕事面での努力が足りない所があるからだ」「頑張っていれば、認めてもらえるはず」と思いました。

ところが、頑張っても頑張っても認めるどころか、いびりはエスカレートするばかりです。それもそのはず、頑張ってどうにかなる問題ではなかったからです。
お局さまは私がプライベートな部分を突いても何も言い返さないのを良い事に、どんどん仕事面ではなく、プライベートをつつきに来ていたのです。

やがて私は「何を頑張れば良いのか」すら、分からなくなりました。

突然始まった、登校拒否

その職場には車で通勤していたのですが、ある日突然、出勤中の車の中で「それ」はやって来ました。
今でもハッキリ覚えています。それは冬の日の朝の事でした。
渋滞にはまり、車の中はオーディオでお気に入りのCDを流し、暖房も入れていました。その時、突然心臓がバクバクし、吐き気がしだしたのです。
「逃げ場がない」と感じ、焦りがやって来ます。このまま吐く訳にはいかない、でも渋滞だから、車は動かせない。しかもどんどん苦しくなり、その時は本当に「私はもうこのまま、死ぬかもしれない」と思いました。
救急車を呼ぼうにも、渋滞の中なのでそう簡単には来てくれない。トイレや車を停めて休める場所も、すぐには着けない。

途端にCDの音がうるさく感じ、また外は雪がチラついているのに、急に暖房も鬱陶しく感じて切りました。窓を開け、息苦しさを少しでも紛らわせようとしました。

やがて渋滞が動き出し、まだ心臓がバクバクするのを少し我慢し、どうにか郊外型ショッピングモールの駐車場まで来ました。しかしまだ開店時間前だったため、トイレは清掃中で使えず。仕方なく車の中で休み、職場には遅れる事を電話で伝えました。

少し休むと落ち着いたようなので、車を出そうとエンジンをかけたのですが、また心臓のバクバクと吐き気がぶり返して来たのです。

②へ続く。


「しおりん」舞台裏制作話①